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アラフォー男子inHokkaido。音楽知識は無いけど、大好き!無知ゆえ書けるブログを目指します!あと、音楽以外にも興味のあるものをつらつらと…

コロナ禍のフェスについて

皆様ご存じのように、2020年は間違いなく「新型コロナ」の年として、未来の教科書にのるような1年となった。むしろ、教科書にのる未来が存在していることを強く願う程だ。多くの市民活動は制限され、「制限されるもの」と「制限されないもの」、あと「制限されたけどすぐに制限されなくなったもの」に仕分けされた。その定義は曖昧で、要は「高い志を持ち、徹底した感染予防がなされていても開催できないもの」と「何もしてないけど、なんかやれちゃうもの」が存在した。その中で音楽ライブや演劇は明確に「制限されるもの」であり、3密の旗の下制限された。実際にクラスター化したイベントもあり、その全てかどうかはわからないが、それらの一部は明確に対策が足りていないように見えた。ただ、多くの音楽を、演劇を愛する人たちは真摯に事実を捉え検討を重ねていることがSNS等でも見受けられ、クラスター化した「そこ」と全てをまとめて考えるのは無理があるように思われた。

当然3密の極みである、ライブハウス、そして音楽フェスは驚くほど僕らの暮らしから失われた。が、その中から「無料でライブ映像公開」が行われ、その先に「有料ライブ配信」が行われるなど、新しい文化も生まれつつある。そして、徐々にライブ活動も解禁されてきている(そこには「経済」というものが横たわるので複雑な意味合いも含まれる)。

 

そんな中、僕が知る限り2つのフェスが行われた。大阪泉大津の「RUSH BALL」と長野の「りんご音楽祭」だ。

共に人数制限と感染予防対策を徹底し、この時代に一つの指標と必然的になるであろう状況下で、それでも実行したことはとても大きな意義があると思う。ラッシュボールは、主催の方の記事を読んだが、スタンディングゾーンを区切り、検温で規定を超えた人はお帰り頂き、且つ経済的にも可能な限り赤にはしないという、まさに「やるべき意義」を持ったフェスであったように思う。そして感染者は出なかった。

ただ、もう一つ、「りんご音楽祭」はTwitter等で、マスクを外して声を上げている人がいた、という内容がかかれていたり、事実関係はわからないが、モッシュやダイブという表記も見られた。表だった記事を見ると、まるで別世界のようなことを書いてあるものもあり、何が真実なのか、全くもってわからないが、不参加者である僕が見る限り、少なくとも何らかの課題があったようには思われた。

 

では、なぜそうなってしまうのか。

 

これは、拡大化、肥大化をした音楽フェス、というものが、「そういうもの」だから、のように思う。

 

CDが売れない時代、アーティストもレコード会社も「ライブ」に可能性を求めた。小さなステージからメインステージへ駆け上がっていくことがステータスになり、そこに物語が生まれたのも事実だ。ただ、一時期の四つ打ちに代表されるように、フェスの評価は音楽性よりも、いかにアガるかが重要視され、そこにはもちろん全ての人ではないが、「ただただ盛り上がりたい人」も多く含まれた。フェスの体験とは好きなアーティストの曲を野外できくこと、未知のアーティストに出会うことに加え、肉食って盛り上がること、であり、それのみである人もおそらくいるのだろう。だって、そうじゃないと自分の好きなアーティストが、ある種の覚悟を持って参加したフェスで、そんな行動をするとは思えない。そう考えると、もしかしたら今年中止となった京都大作戦は例年通りの規模で開催しても、あれだけのアーティストがいてもモッシュもダイブも無く、感染者の1人もでなかったかもな、と思ったりもする。

 

ただ、上記の通り、それらの人を歓迎していたのはフェス・アーティスト自身であり、ある種飼い猫に噛まれるようなもので、当然到るべき結果のように思う。

 

フェスを含め、今後の在りようは議論され、変わっていくのだろう。ただ音楽の良さが評価される、というのは音楽という価値基準が個々に委ねられるものについてはとても難しい。生きていくうえでお金が大事で在ることもわかる。でも、コロナ以後がもはや見えない現在。もっと根本的な地殻変動が必要で、遠からず起きるのではないだろうか。そこでフェスがどのような形で存在するのか。おそらくは、もっともっと枝分かれし、大規模フェスよりも、中小規模が増えていくように思う。個人的にはその方が間違いなく居心地は良いのだが、良くも悪くも雑多にごちゃまぜな中から今まで得られなかった体験ができることもフェスの魅力であり、それは大規模フェスにこそあるものだ。来年の夏は、きっとオリンピックは意地でも開催されるのだろう。そこにフェスも「便乗」していくのか。正直全くわからないが、そんなとんでもない時代を生きていることを実感しつつ、とりあえずは日々好きな音楽を聴いて過ごしていきたいと思う。