ヅレブロ  日々の徒然~音楽、映画、ドラマ、キャンプ~

アラフォー男子inHokkaido。徐々に記憶力が落ちてきたワタクシの備忘録的ブログ。もし、だれかのやくにたてばとてーもしあわせです。これから書きたいことを考えてタイトルを変えてみました!!

容赦なく終わり、始まる時代のその先にむけて   折坂悠太 「平成[album]」

名前は以前よりいろいろなところで目にしていて、CDジャケットの普通なようでいて、どこか異質なものを感じさせるご本人のたたずまいも気になっていたのですが、なんだか聞かずじまいにしてしまっていました。
そんな中、この度アルバム「平成」がリリースということで、初めてしっかりと聞かせて頂いたんですが、これは本当に凄い。間違いなく今年のベスト候補(自分の、偉そうですみません…、なにさまー)の一枚に入る作品です。
今年のライジングサンに来ていたんですね。これは悔しい。行ってないけど、ライジング…。でも、行っていて見てなかったら確実にハンカチ噛んでキーっ!!!!な感じ。
しかしながら、これをどう表現すればよいのでしょうか。
サウンドとしては、一聴した限りでは、昭和リバイバル的な印象が強い、歌謡にジャズ的なフレーバーをかけたような。でも、確実にそこに鳴っている音は「平成」のしかも「終わり」が鳴っている。星野源が切り開いた、平成の日本のダンスミュージックのその先がしっかりと記されている。メジャーな中に、ものすごく濃いアンダーグラウンドが鳴っている。僕らの日常でありながら、その真裏のパラレルワールドのような、でもそここそが実際の現実のような音が鳴っている。
すさまじく雑に言ってしまうと「天才」ということなんでしょうが、そこの闇は、現実は、ただ見過ごすことのできない今の日本、「平成」が詰まっている。
折坂さんは平成元年生まれ。つまりまさに平成という時代がなんであるかを、真上から立って、過去と未来を見ているのだろうと思います。たかだか、日本という国のひとつの区切りでしかないかもしれない平成ですが、これは、自ら終わりのラインを引いた「平成」の幕引きであることも含め、とてもとても大きなことなのではないでしょうか。

 

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Real soundというサイトのインタビュー記事で
「これ以上の大きな発展を望むのはあまり身の丈に合わないというか。それが国家なのか、僕らの生活水準なのかは分からないんですが、ともかく僕らは大きな道を一旦外れなければいけないんじゃないかという気がしていて」

 

と、折坂さんご本人が語っていました。これは僭越ながら僕自身が凄く凄く思っていることと(たぶん)同じで、そろそろ、平成を語るのとともに、資本主義と世界の在りよう、つくりあげてきたものの、近代から現代と呼ばれる時代の再検討を、政治家の方々だけではなく、日常生活のレベルから、我々がある種総括し、考え、語り始める時代がくるのではないか、と思うのです。

そんな、時代に慣らされた、「いま、ここ」の音。日常から時代と世界に直接リンクするような音楽。折坂悠太さんの「平成」はそんな作品だと思います。

 

 

平成

平成