Maison book girl 「SOUP」
この曲について書こう書こうと思っているうちに日が経ってしまいまして・・・、気が付けば次作「umbra」のリリースが7月31日とそれなりに迫ってまいりまして、「やっべぇ、これについて書かないと次のは書けねぇ!」と至極勝手に思い込みが深まりましたので、書かせていただきます。リリースは4月の3日でした!
Maison book girl(以下ブクガ)は、皆様ご存じのようにサクライケンタ氏の徹底したトータルプロデュースにより、デビュー当初より、非常にハイレベルに構築された世界観と変拍子を多用する、こちらもものすごくクオリティの高い楽曲が特徴です。ので、様々な方面から非常に評価が高かったのですが、同時にその楽曲は「どの曲も似ている」「ワンパターン」という声もあったかと思います。
個人的には、確かに一聴して「ブクガだ!」とわかる楽曲は、似ていないとは思いませんが、非常に中毒性があって、何度も聞く魅力があると思います。ただ、この先どのように変化していくのか、どのような方向性に進んでいくのか、というのはとても興味深く聞いていました。
で、今作「SOUP」です。
今作で、ブクガはこれからの変化にむけ、大きく舵をきったと思います。
確かに表題曲「鯨工場」は、まさにブクガ節とでもいうべき、いつもの彼女達の楽曲そのものです。が、そこに描かれている世界観は、大きく変化を感じさせるものです。
まず、歌詞にとうとう「本の家(Maison book)の少女(girl)たち」という彼女達そのものが登場しました。
夢の中のあの話 本当はどこかで続いていた
本の家の少女たち、気づかないまま
と、夢(yume)とは別の(?)フェーズにいることも感じさせます。
そして、「レインコートと首の無い鳥」に代表される「首の無い鳥」と対を成すであろう「体だけ無い鳥」「首だけの鳥」というモチーフが現れました。
つまり、楽曲的なふり幅ではなく、ストーリーを展開させることで、確実にブクガは次の段階へ行こうとしているのだと思います(全然見当違いだったらすみません!もし、「首だけの鳥とか前にも出てるよおバカ!!」とかあれば、ぜひコメントで教えて頂けると非常に助かります。その際は修正させていただきます!!)。
そして、この「鯨工場」と2曲目「長い夜が明けて」には「鯨」というモチーフが共通しています。そしてどちらの曲にも「鯨波(とき)の街」という場所が出てくる。鯨工場には「鯨の歌声」という歌詞もあるのですが、この「鯨波」。「とき」もしくは「げいは」と読むようで、この曲では「とき」という呼び方で登場します。僕は意味が全くわからなかったので、調べましたところ
「合戦で、士気を鼓舞するために多人数の者が同時に発する叫び声。戦闘のはじめ、大将が「えいえい」と叫ぶと部下一同が「おう」と答えた。ときの声」(Weblio辞書より)
とのこと。鯨関係ない!!!
でも、ここでは「鯨波」ではなく「鯨波の街」であり、ある種のモチーフであるのでしょう。もしかしたら、白昼夢、パラレルワールド的表現が多い彼女らにとって、他世界なごりとしての「鯨」なのかもしれません。
現在公開中の映画「海獣の子供」でも鯨が非常に大きな存在として出ていますが、同様にここにおいても鯨という存在は様々な意味をもつのではないでしょうか。
さらに、この「長い夜が明けて」というタイトルもとても意味深ですが、歌詞を読むに、明けた夜の先、が、終幕を告げるものではなさそうです。楽曲的には、この曲は今までの彼女達とは違う、非常に感情を前に出した歌い方とメロディがとても印象的です。
終盤のノイズで寸断された後に続く歌詞には「夜の無い世界が始まってゆく」とあります。これは…!?!?
長い夢のような、今もその夢の中のようなすこぶる不安定な世界軸の上に成り立ってきたものが、この後どのように展開するのか、次作「umbra」では何が描かれるのか。
umbraは影という意味があるようで。そこに収められる楽曲は「闇色の朝」「シルエット」と影・闇を感じさせるもの。でもそこに「朝」がつけられていることを考えると確実にこの「夜が明けた”先”」の世界がそこにはあるのだろうと思います。「長い夜が明けて」にも「闇」「影」という歌詞はすでに登場しており、考えれば考えるほど、あぁ早く聞きてぇ!!!!という気持ちになる。なりますよこりゃね。サクライ氏の思うつぼですよ。
でも!思うつぼでかまわないので早くききたーい!!!!早くコイコイ7月31日!!
でも、人生日々大切なので、1日1日大事に生きていきます!ではまた!!